「円」もビットコインも同じ

『朝日新聞』(2014年3月12日夕刊「リレーおぴにおん」)


 いま仮想通貨「ビットコイン」が話題になっています。政府は「通貨ではない」という見解を出しましたが、経済学的にはビットコインと現実の通貨の間に本質的な違いはありません


 信用力が違うといいますが、信用力を決めるのは人々の期待です。円は1年後も使えると思うから通用する。人々の期待に乗っている点では、円もビットコインも変わらない。円は期待がきちんと形成されていてユーザーが多いが、ビットコインはユーザーがまだ少ないという違いだけです。


 買い物に使える場所がごく限られているから通貨じゃないというのも短絡的です。外国人が買いたいものがほとんどない小さな国の通貨を考えてみましょう。買い物には使えないけれど、持っていれば、将来、ドルや円と交換できる。ビットコインも同じです。
 

 発行主体が国家でなく民間なのも、歴史的にはおかしな話ではありません。英国の中央銀行であるイングランド銀行は、もともと数百もあった民間の発券銀行(銀行券を発行できる銀行)の一つでした。政情不安の国家より、グローバル企業のほうが信頼性は高い。もしグーグル社が「グーグルコイン」でも出したら、持ちたがる人は多いでしょう。
 

 国境に縛られず、自由に取引できるのは大きなメリットですが、危険と裏表でもあります。中央銀行が発行する通貨なら、信用が落ちても、短期間に国民がみんな逃げ出すことはない。でもビットコインのユーザーには国境という枠がない。マウント・ゴックス社が破綻(はたん)しても今のところ信用は保たれていますが、同じような事件が続いて信用が臨界点以下に落ちると、ユーザーが一気に逃げ出す恐れがあります

 現状では、仮想通貨がドルや円に取って代わるとは思いません。ただ、いまは各国が通貨発行量を増やし、自国通貨の価値の引き下げ競争をやっている。政治的な思惑でいつ価値が下落するかわからない。ビットコインは国が関与していないから、政治的なリスクは少ない。セキュリティーが強化されれば、現金通貨を補完するものとして、仮想通貨への需要はますます増えていくでしょう

 ビットコインのような新しい通貨に抵抗感があるのは当然です。でも、一昔前は、金(きん)とひも付けられていない紙切れが通貨になるなんて信じられないことでした。ビットコインに接することで、お金とは何かなぜ使えるのかを、あらためて考えるきっかけになればと思います。
(聞き手・尾沢智史)