インセンティブの作法

経済学者 | 安田洋祐 の別ブログ

過去の原稿やブログ記事を加筆・再掲していきます

カテゴリ: 日本経済新聞

7:バブルに乗る投資家

 合理的群衆行動の理論では、投資収益の最大化を行わない非合理な投資家がいっさい存在しないにも関わらず、個々の投資家の持つ情報が市場に織り込まれずにバブルが発生する様子をうまく描写することができた。しかし一方で、この理論の下ではどの投資家もバブルの存在に気が付くことがないため、現実のバブル現象において観察される、投資家に関するいくつかの重要な行動を説明できないといった問題も抱えている。その一つが、いわゆる「バブルに乗る」(=Riding Bubble)と呼ばれる投資家行動である。

 合理的な投資家が、バブルの発生を知りながらも高値で売り抜けようとして買いポジションを張り続けるバブルに乗る投資行動は、古今東西のバブルに共通する現象だ。古くは18世紀にイギリスで起きた南海バブルにおいて、かの知の巨人ニュートンもバブルに乗ったことから大きな打撃を受け、「天体の動きなら計算できるが、人々の狂気までは計算できなかった」と述懐している。米国におけるITバブル崩壊の際にも、最も合理的な投資家と考えられるヘッジファンドの多くが被害を蒙(こうむ)っており、ある経営者は売り抜けに失敗した理由を尋ねられた際に(野球に喩えて)「我々はまだ8回かと思っていたが、すでに9回だった」と返答している。

 このようなバブルに乗る行動を説明するために鍵を握るのが、非合理な投資家の存在である。合理的な投資家はバブルの発生に気が付いた際に、非合理な投資家へ資産を売ることにより収益を上げることができる。しかし、もしも自分が資産を売った後に、バブルが弾けずにさらに膨らみ続けた場合には、追加的な収益を上げる機会を失ってしまうことになる。先ほどのファンド・マネージャーが言い残しているように、ゲーム終了ギリギリの9回まで粘って売り抜けるのが一番儲かるのだ。

 近年になって、このバブルに乗る行動がもたらすトレードオフをうまく表現する理論研究がいくつか登場している。合理的な投資家がバブルの存在について独立に情報を受け取るため、売買行動を同調させてうまくバブルの火消しを行うことができない、という投資家のシンクロナイゼーション・リスクに注目した研究や、バブルがどこまで膨らんでも絶対に資産を売ろうとしない非合理な投資家が微小な割合で存在する時に、合理的な投資家が非合理な投資家のフリをしてバブルに乗ろうとすることを明らかにした研究などが代表的で、いずれも高度なゲーム理論を使用しているのが特徴的だ。


8:自信過剰がバブルを生み出す

 最終回にあたる今回は、収益最大化を目指すという意味では合理的である一方、心理的なバイアスに染まっているという点では非合理な投資家に焦点を当てた、最新研究を紹介したい。投資家の心理的なバイアスに関しては様々な仮説が考えられるが、ここでは「自信過剰」(=Overconfidence)を取り上げる。具体的には、各投資家はそれぞれ独立にファンダメンタルズに関する情報を受け取るが、常に自分の情報の方が他人の情報よりも精度が高いと一貫して勘違いすると仮定しよう。

 このような心理的なバイアスが存在する状況では、仮にファンダメンタルズに関する情報が投資家の間で全て共有されたとしても、依然として将来に対する予想が食い違うことがあるため、投機的な取引が発生する。第四回で言及した不可能性定理(=No Trade Theorem)が成り立たないのである。もちろん、投機的な売買が行われたからといって、直ちにバブルが発生するとは限らない。楽観的な投資家と悲観的な投資家が同じだけ市場に存在すれば、自信過剰によって生じたお互いのズレが打ち消しあってバブルは発生しないからだ。

 それでは、自信過剰はバブルを生み出すことはないのでろうか。ここで鍵を握るのが、現実の多くの市場で観察される売りと買いの非対称性である。たとえば、先物市場が存在しない、あるいは空売りが禁止/制限されているような場合には、「売り」は資産の所有者しか行うことができない一方で、「買い」はどの参加者にも許されている。このような状況では、将来の値上がりを期待する楽観的な「買い」が値下がりを期待する「売り」によって適切にバランスされないため、価格が上ブレしてバブルが発生する。自信過剰な投資家と売買に関する非対称性を組み合わせる事によって、はじめてバブルを説明することができるのである。

 以上、過去八回にわたって経済学におけるバブル分析の動向を追ってきた。バブル現象の解明は、ゲーム理論アプローチの進展によってこの10~20年で急速に進んでいる。そこでは、投資家の学習行動や心理的なバイアス、売りと買いの非対称性といった現実的な要因を、いかに理論とうまく融合させるかが重要であった。今後の研究動向としては、これらの要素の中でも特に、今回紹介した投資家心理に注目する研究が増えていくことが予想される。バブル分析の更なる発展に期待したい。


【関連文献】


行動ファイナンスの先駆者の一人、シュライファー・ハーバード大学教授による講義録。本人の代表作である「ノイズ・トレーダー」モデルをはじめ、行動ファイナンス分野における代表的な考え方が紹介されています。(Amazonレビューで酷評されているように)日本語訳は分かりやすいとは言えないので、興味のある方はこの原書にトライしてみてください!


【参考論文】
よりアカデミックな研究論文にご関心のある方は、こちらのリストをご参照ください。 

4:鍵を握る情報の非対称性 

 「情報の非対称性」の考え方は、2001年にアカロフ・スペンス・スティグリッツの三氏がノーベル経済学賞を受賞したことで一般にも広まったため、ご存じの方も多いだろう。経済主体の間で情報が偏在している場合には、アドバースセレクション(逆淘汰)モラルハザードなど、伝統的な経済学で扱うことのできなかった様々な市場の失敗が発生することが知られている。資産市場においても、一般に投資家の受け取る情報は均一ではないため、情報の非対称性が市場に重大な影響を及ぼす可能性があると言える。

 一見すると、投資家が異なる情報に基づき売買を行えば、将来に対する予想の違いから投機的な投資を生み、それがバブルをもたらすことを簡単に説明できるように思われる。しかし、以下で述べるように、単に情報の非対称性が存在するだけでは、バブルはもちろん投機的な投資がなぜ起こるのかでさえ、実は説明することが難しいのだ。

 投機的な投資を阻む第一の要因は、効率市場仮説と呼ばれる市場に対する見方である。この仮説は、市場は平均的には正しい予想を形成しており、仮にファンダメンタルズからの乖離(かいり)を示唆する情報を特定の投資家が得たとしても、取引を通じてすぐに市場価格に織り込まれてしまうため、投機的な投資が持続することはない、と主張する。市場価格がファンダメンタルズから離れるのは一時的ないしは限定的な状況というわけだ。

 効率市場仮説よりも更に厳密なミクロ的な立場から、合理的な投資家の間では投機的な取引自体がいっさい起こり得ないと主張するドラスティックな定理(「不可能性定理」(=No Trade Theorem)と呼ばれる)も知られている。この定理は、私的情報を入手した投資家が売買によって儲けようとしても、その行動を通じて情報が取引相手に間接的に伝わってしまい、結局は儲けの生じない水準にまで価格が調整されるため取引自体が生じない、と主張する。現実には、文字通り不可能性定理が当てはまるような状況は限定されているが、「うまい儲け話はない」と投資家が慎重に構えることにより取引が行われない、といった状況は、この定理の世界に近いと言えるかもしれない。

 このように、情報の非対称性を導入しただけでは、残念ながら簡単にはバブルを説明することができない。投機の可能性やバブルの存在を導くためには、次回以降で紹介する更なるストーリーが必要となってくるのである。


5:他人の行動から情報を読む

 さて、過去4回の連載では、バブル分析を謳(うた)いながらも、実際のところはいかにバブル分析が困難であるかを解説するに留まっていた。後半の4回では、前回注目した情報の非対称性を足がかりに、バブル分析のための理論をいよいよ見て行くことにしよう。今回と次回では、合理的な投資家が他人の行動から情報をアップデートすることによって、あたかも非合理に見える群衆行動をもたらしてしまう、合理的群衆行動(Rational Herding)について取り上げたい。まずは、資産市場のことは少し忘れて以下の簡単な例を考えてみよう。

 いま、ある通りに2軒のレストランA、Bが軒を連ねて並んでいるとする。この通りに順番に客が訪れ、どちらかのレストランを選んで入っていくとしよう。客はそれぞれどちらの店の方が美味しいかについて独自に情報を得ており、自分の得た情報と他の客の得た情報を総合して店を決定する。具体的には、Aの方が美味しいという情報の数がBの方が美味しいという情報の数を上回っていればAを、逆であればBを選び、同数の場合には自分の得た情報に従うことにする。この時、k番目に通りへとやってきた客(「客k」と呼ぼう)はどのようにレストランを選ぶことになるだろうか。

 まず、k=1の場合は簡単だ。自分が最初の客で、観察できる他人の情報は何もないため、自分の受け取った情報がAであればA、BであればBを選ぶのが最適となる。つまり、受け取った情報がそのままレストラン選択の行動として表れるのである。それではk=2についてはどうだろう。この場合は、客1の得た情報と自分の情報を合わせて考えなければならないが、先ほどの仮定により、もしも二人の得た情報が一致して入ればその店を選び、食い違っている場合には自分の情報に従うことになる。結果として、客1の行動とは関係なく自分の情報に従うのが客2にとっては最適となることが分かる。

 さて、次にk=3を考えてみよう。もしも客1と2が異なる店を選んでいたとすると、それは二人の得た情報が異なることを意味するため、客3は自分の情報のみに従うのが最適となる。逆に客1と2が同じ店を選んでいたとすると、二人の情報は同じになるため、客3は自分の情報がAとBのどちらであっても、前の二人の選んだレストランを選ぶ。つまり、自分の情報を無視して(これを「情報カスケード」(=Information Cascade)と呼ぶ)、前の客たちの真似をするようになるのだ。これは、k=4以降も延々と続くことになる。


6:群衆行動で市場が間違える

 前回はレストランの例を元に、合理的群衆行動がいかにして発生するかを見た。最初の二人がたまたまAの方が美味しいという情報を得た場合には、三人目以降は自分の情報を一切参考にせずに(=「情報カスケード」)Aを選ぶのが最適となる。仮に十人の客がいたとして、最初の二人を除いて残り八人が全てBの方が美味しいという情報を得ていたとしても、情報カスケードが起こることにより全ての客がAを選んでしまうのだ。これは一体なにを意味するのだろうか。

 十人中八人がBという情報を得ているのであれば、実際にはAではなくBの店の方が美味しい可能性が高い。つまり、客の持つ全ての情報を総合した、全体としての最適な予想はBとなる。しかし、それにも関わらず客はBではなくAを選び続けるという、一見すると「非合理な」群衆行動が発生してしまうのである。これは、参加者全体の予想と彼らの行動が食い違っていることを意味する。その結果、美味しくない方のレストランに行列ができてしまうというわけだ。

 このストーリーを資産市場に当てはめると次のように言えるだろう。Aを「買い」、Bを「売り」と解釈すると、市場全体では売り情報を得ている投資家が多いにも関わらず、いったん買いの流れが生じると、残りの投資家が買いに殺到するという群衆行動が生じる。この結果、市場価格がファンダメンタルズから離れてバブルが発生する。個々の投資家は、他の投資家がどのような情報を得ているのかを直接観察することができないため、お互いの売買行動や市場価格から間接的に情報を推測するしかないというのがポイントだ。このように情報のやりとりに現実的な制約が課された状況では、投資家が合理的であるにも関わらず、いや個々の投資家が合理的であるからこそ、全体として「市場は間違える」のである。これは、市場が常に正しい予想を形成すると唱える、効率市場仮説とは極めて対照的である。

 以上、合理的群衆行動の理論を用いて、いかにして市場が投資家の持つ情報を織り込むことに失敗し、バブルが発生するのかを説明してきた。群衆行動を個々の合理的な投資家の学習行動からミクロ的に説明するこのアプローチは、バブルの理論分析を代表する新しい研究の一つであり、バブル現象の重要な側面を捉える成果をあげた。次回は、合理的な投資家と非合理な投資家が混在する状況を扱った、最新の理論研究について見ていくことにしよう。
 

【関連文献】

Rational Herds: Economic Models of Social Learning
Christophe P. Chamley
Cambridge University Press
2003-11-24


合理的群衆行動に関する(おそらく)唯一の専門テキスト。ペンギンの表紙が可愛いです! 本文はそこまでテクニカルではありませんが、読みこなすのはなかなか大変かも。

「ゲーム理論」で読むバブル経済

『日本経済新聞』(2009年7月「やさしい経済学」連載)


1:バブルの経済学的分析  

 サブプライムショックに端を発する世界的な金融危機により、市場メカニズムに対する信頼が揺らぎ始めている。この信頼低下の大きな要因のひとつとして、資産市場の異常なまでの不安定さをあげることができるだろう。株式や債券などの金融資産に始まり、土地、貴金属、為替レート、はては資源価格まで、昨今ではありとあらゆる資産市場が乱高下を繰り返しているかのようだ。

 過去においても資産市場が高騰、あるいは暴落した例は数多く知られている。この20年ほどを振り返ってみても、日本経済が80年代から90年代初頭にかけて経験した土地・資産バブル、90年代後半にアジア各国を襲った通貨危機、2000年前後に世界的な広まりを見せたITバブル、サブプライムショック以前のアメリカ経済を席巻した「根拠なき熱狂」など、枚挙に暇がない。

 もちろん、資産価格の急激な変動そのものが問題かどうかについては慎重な議論が必要だ。実体経済の動きや需給を反映して、適切に価格調整が行われているのであれば、資産価格の乱高下はやむを得ないという見方もできる。一方で、一部メディアや識者が指摘するように、経済活動からかけ離れたあくなきマネー・ゲームが市場の調整機能を損なっているとすれば喫緊に問題解決を計る必要があるだろう。真に問題視されるべきなのは前者ではなく後者に代表される「バブル」、つまり実体(しばしば「ファンダメンタルズ」と呼ばれる)を反映していない価格の乱高下なのである。

 過去に幾度となく生じたバブルとその崩壊が現実経済に及ぼした影響の大きさを振り返れば明らかなように、現実のどの市場でバブルが発生している/いたのかどうか、発生しているとすればなぜ発生したのか、バブルを生み出さないためにどのような政策が有効なのか、といったバブルをめぐる分析は、現代経済の安定性や市場の機能を理解する上で必要不可欠な研究と言えるだろう。

 それでは、今までバブルの分析はどの程度の成果をあげてきたのだろうか。実は、バブル現象が古くから知られていたのとは対照的に、バブルに関する経済学的な理解や洞察は近年までほとんど得られていなかった。この閉塞的な状況を打ち破り、バブル研究に新しい息吹をもたらしたのが、本連載で紹介するゲーム理論に基づくアプローチなのである。  


2:なぜバブル分析は難しいのか?  

 バブル問題に限らず、経済学の研究は主に実証研究理論研究に大きく分かれる。前者が観測されたデータを元に仮説の検証や未知の数値の推定、将来の帰納的な予測等を行う一方で、後者はいくつかの仮定に立脚した数理モデルを用いて演繹的に結論を導きだし、現実の説明や望ましい行動規範の解明を試みる。

 バブル分析の文脈で言うと、過去の市場データを元にバブルの有無やその大きさなどを検証するのが実証研究、なぜバブルが発生するのかを理論的に解明するのが理論研究となる。前回触れたように、バブルの存在は、実証的にも理論的にも明らかにするのが難しい問題であることが知られている。以下では、それぞれの研究アプローチにおいてなにがバブルの説明を難しくしているのかを簡単に紹介したい。

 実証研究における最大の困難は、ファンダメンタルズを直接観測することができない、というデータ上の制約である。ある資産価格がバブルであるかどうかは、市場価格がその資産のファンダメンタルズから乖離(かいり)しているかどうかで判定される。しかし、実際に観測できるのは市場価格だけで、ファンダメンタルズについては推定しなければならない。これは、ファンダメンタルズの推定値いかんによっては、いかなる水準の資産価格もバブルでない/あると結論付けることが可能なことを意味する。

 市場価格とファンダメンタルズの乖離を直接調べるのではなく、現実の価格変動の大きさから間接的にバブルの存在を検証するような研究も行われている。市場価格のブレが大きすぎる場合には、動きが比較的安定しているファンダメンタルズに基づいた価格調整とは言えないため、バブルと判定できるというわけである。しかし、ファンダメンタルズのブレが本当に安定しているかどうかも検証が不可能な場合が多い。表面的な問題のやさしさとは異なり、データからバブルの存在を議論するのは極めて難しいのである。

 理論研究も、実証研究と同様にバブルの扱いには手をこまねいてきた。ファンダメンタルズは、たとえ転売することができずに長期保有したとしても平均的には損得が生じない価格水準と解釈することができる。もしバブルが発生しているとすると、市場価格がこの長期的なアンカーから外れて割高になっていることを意味するが、どうしてこのような割高な価格が維持されるのかを説明するのは意外に難しい。投資家が合理的であれば、割高な資産を買おうとはしないからだ。  


3:合理的バブルと行動経済学 

 バブルの存在を理論的に導くためには、割高な資産価格が市場でなぜ維持されるのかをきちんと解き明かさなければならない。このためには、投資家が割高な資産を買おうとする特殊な状況に注目する(=「合理的バブルの理論」)、割高かどうかの見方が投資家の間で異なる(=「情報の非対称性」)、そもそも非合理な投資家が多数存在する(=「行動経済学」)などの、やや込み入った説明が必要となってくる。

 バブルの理論としてもっとも歴史が古い合理的バブルの理論は、時間を通じて裁定条件を満たす(さや取りで儲けることができない)ように資産価格が移りゆくならば、必ずしも価格水準がファンダメンタルズに一致するとは限らないことを明らかにした。これは、非合理な投資家や投資家の持つ情報の違い、といった複雑な要素を取り入れることなく、バブルの存在を議論できる便利な理論である一方、長期的に維持不可能なバブルがなぜ存在し続けるのかを、きちんと投資家のミクロ的な視点から説明できていないという致命的な弱点を抱えている。バブル現象をより深く理解するためには、他の理論による補完的な説明が欠かせないのだ。

 それでは、心理学脳科学で得られた知見を活かして、非合理な経済主体を明示的に分析する行動経済学のアプローチはどうだろうか。なるほど、与えられた情報をもとに将来の期待利回りを計算して、最適にポートフォリオを組む合理的な投資家とは異なり、非合理な投資家を仮定すれば、割高な資産を買い続けるバブル現象をうまく説明できるかもしれない。しかし、この行動経済学アプローチも、次のような深刻な問題を抱えている。

 非合理な投資家が存在する場合に、合理的な投資家は何を考えるだろうか。割高な資産を買ってくれる非合理な投資家がいるとすれば、彼らに割高な資産を売ることによって、合理的な投資家は儲けることができる。結果として、価格はファンダメンタルズに戻るように調整されるだろう。行動経済学アプローチでは、合理的な投資家によるこうした売買になんらかの制約がない限り、バブルが安定して存在することを説明できないのである。

 結局、行動経済学を用いて現実的な投資家像を想定しても、合理的な投資家の行動に対する十分な理解なくしては、バブルをきちんと説明することはできないことが分かった。次回は、この合理的な投資家の行動を理解する上で重要な役割を担う、情報の非対称性について詳しく取り上げる。


【関連文献】

Asset Pricing under Asymmetric Information: Bubbles, Crashes, Technical Analysis, and Herding: Bubbles, Crashes, Technical Analysis and Herding
Markus K. Brunnermeier
OUP Oxford
2001-01-25

「やさしい経済学」のオリジナル原稿を書く際にかなり参考にしたテキスト。似たようなテーマの専門書がほとんど出ていないので、未だに重宝する一冊です。2001年の出版からもう15年近く経つので、ぜひ改訂版を出して欲しいなぁ。(と、チャンスがあったら著者に伝えたい…)

 今回ご紹介した「注目集まる「マーケットデザイン」:欧米の制度設計で適用」が、日本経済新聞「経済教室」に掲載されたのは2008年6月5日のこと。2007年にプリンストン大学からPh.D.(博士号)を取得し、最初の職場となる政策研究大学院大学に帰国してから、ちょうど一年近くが経過した頃でした。プロの経済学者として、一般向けのメディアで執筆させて頂いた初めての本格的な論考になります。

 七年前のことなので詳しくは覚えていませんが、この記事をきっかけに新聞や経済誌、出版社といった活字メディアの方からお声がけ頂く機会が一気に増えたように思います。改めて、その端緒となる本稿執筆の機会を作ってくださった日経新聞の(当時「経済教室」を担当されていた)H氏に感謝致します。(と同時に、時間的な制約や能力の限界から、いくつものプロジェクトをお断りすることになってしまい申し訳ありませんでした… < メディア関係の皆様)

 まだまだやり終えていない宿題がたくさんありますが、今後もできる範囲で積極的に情報発信していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!ちなみに、過去に活字メディアに掲載された記事やその草稿のpdfファイルの多くを、こちらにアップロードしています。もちろん無料ですので、気になる記事がございましたらぜひダウンロードしてみてください! 



本稿の中でも登場したマーケットデザインの立役者、アルヴィン・ロス教授の一般向け新刊書です。ロス教授は本稿執筆後の2012年秋に、マーケットデザイン、とりわけマッチング問題に関する学術研究および現実の制度設計への貢献が評価され、ノーベル経済学賞を受賞されました。 本書では、そのエッセンスが一般向けに分かりやすく語られています。日本語訳もすでに出版が予定されているようですが、内容が気になる方はぜひ原著を紐解かれてみてはいかがでしょう?

 著者はアブドゥルカディログル助教授と米コロンビア大学のチェ教授とともに,望ましいと思われていた新メカニズムにも欠陥があることを発見した.「学校に対する相対的な好みを偽ることが得にならない」という新メカニズムの利点は,裏を返せば「どんなに“絶対的な”好みが違う学生も“相対的な”好みに応じたランキングを提出せざるを得ない」という制約を意味する.

 例えば,学校Aの方が学校Bよりも圧倒的に望ましい学生も,学校Aが学校Bよりもほんの少しだけ望ましい学生も,同じようにAをBの上にランクするしかない.この選好表明に対する制約は,学生と学校の効率的なマッチングを妨げる危険性がある.我々は,新メカニズムで生じたこの問題を改善するため,学校の相対的なランキング提出のほかに,(ひとつだけ)選んだ学校に対して抽選における優先順位をあげることができる指定校オプションを加えた修正版メカニズムを考案した.我々のメカニズムは理論およびシミュレーションテストの両面から新メカニズムをしのぐ高いパフーマンスを示しており,現実の学校選択制への応用が期待される.   

 以上,駆け足でマーケットデザインの現状を展望してきた.マーケットデザイン研究はまだ日が浅くその本格的な実践は米国においても始まったばかりだが,急ピッチで研究成果が蓄積されている.そこで得られた知見は是非とも日本の市場制度改革にも活かすべきである.上述した学校選択制は既に日本でも始まっているし,医学部研修医の病院への配属には,米国をはじめ各国で成功を収めたマッチング・メカニズムが実際に用いられている.これらの市場以外にも,ゼミや研究室の割り当て,企業内での人事配属,空港の発着枠の販売など,マーケットデザインが応用できる分野は幅広い.  

 電波周波数帯に代表されるいわゆるライセンス使用に関しても,現行の政府主導による不透明な認可制からオークションに切り替えるという発想が必要になるだろう.実際に,欧州で00年および01年に行われた第三世代携帯電話の電波割り当ての際に,多くの国でオークションが採用された.そして英国やドイツといった成功国では,大きな収益を国庫にもたらしたが,オークションをどうデザインするかで収益は大きく異なる.

 もちろん日本において成功国と同様の結果が得られる確証はないが,財政再建が急務である現状をかんがみれば,十分に検討に値するといえるのではないだろうか. 


【初出】
日本経済新聞(2008/6/5付朝刊)「経済教室」 


【参考文献】

学校選択制の現状と背景となる理論の解説から、北米での制度設計・変更の詳細、理論の新展開やオリジナルの経済実験まで網羅した、学校選択問題の決定書。(自著で恐縮ではありますが)この分野に関心のある方はぜひご一読ください!