見過ごされる真の格差問題

 次に、学校選択制のもたらす「格差」や「競争」に対するイデオロギー的な批判が、単にミスリーディングであるだけではなく、真に問題とするべき実体のある格差を助長する危険性すらあることを指摘しておこう。飛行機には、エコノミークラスの他にビジネスクラスやファーストクラスといった高価で快適な座席も用意されている。高いお金さえ払えばより良質なサービスが受けられるのである。もちろん、食事メニューもエコノミークラスと比べて遥かに豪華であることは言うまでもない。学校選択においても、(実際の学校教育の質の差が飛行機サービスほど顕著なのかどうかはさておき)ビジネス/ファーストクラスが存在する。それは、お金や学力に恵まれた生徒だけが通うことのできる私立/国立の学校である。 

 すべての乗客がエコノミークラスに乗らなければならない訳ではないように、希望する生徒が私立や国立校に通学できること自体は決して不自然ではない。しかし、「肉料理か魚料理か?」というメニュー選択は誰もが選ぶことのできる「権利」である一方、「エコノミーかビジネス/ファーストか?」は一部の恵まれた人々にしか与えられていない「オプション」であることに注意が必要だ。実際に、私立や国立といった選択肢を持たない生徒にとって、公立校の充実度の低下は深刻な問題である。公立校と私立/国立校の学校教育格差は、 (1)格差による厚生の低下、と(2)そこから逃れることの難しさを満たす、「実体のある格差」と言えるだろう。 

 さてここで、学校選択制に対する表層的な批判を真に受けて、もしも学校選択制を廃止してしまったら一体何が起こるだろうか? 生徒達は学校を選択する自由を奪われ、特色ある学校教育もじょじょに失われていくことが懸念される。これにより、私立や国立の学校教育と比べた充実度の差はますます開いていくだろう。富める者、賢い生徒はより一層私立/国立へ集中し、学校教育の二極化が加速化していく危険性すらある。つまり、生徒数格差という「実体のない格差」への批判が、公立私立間の教育格差という「実体のある格差」問題をより深刻化させてしまう恐れがあるのである。機内食のメニュー選択の廃止がエコノミークラスの魅力低下を招くのと同様に、安易な学校選択制の廃止は公立校の魅力を下げ、より深刻な格差問題をもたらしかねないことを肝に銘じるべきだろう。 
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