メカニズムデザイン理論と制度設計 

 ここまでの議論では、あたかも個々の生徒が自分の一番行きたい学校へ行けるかのように仮定してきたが、実際には各学校には定員が設けられており、必ずしもすべての生徒が第一希望の学校へ行けわけではない。どれだけ肉料理が食べたくても、自分より前の多くの乗客が肉料理を選んだ場合には品切れになってしまい、残った魚料理しか選べないのと同じである。読者の中にも運悪く遅い順番に当たってしまい、このような苦い経験をされた方がいるに違いない。さらに悪いことに、機内食の場合には、各メニューを多めに準備したり、乗客の好みに応じてメニューの割合を変えたりすることによって、こうした不幸な乗客をある程度減らすことができるだろうが、学校選択では各学校のキャパシティに物理的な限界があるため、どのような選択制を採用したとしてもこういった悲劇は避けることができない。全員の第一希望を実現させることは原理的に不可能なのである。

 ここで自然とわきあがってくるのが「学校選択制をうまく運営することでより多くの生徒の希望を叶えることができないだろうか?」という疑問だろう。学校選択制と一口に言っても、どのようなルールに基づいて制度運営を行うかでそのパフォーマンスは大きく異なり得る。現行制度のもとでいくつか報告されている問題点も、運営方法を変更するとによって解決できるかもしれない。従来の学校選択制を巡る議論では「学校選択制を存続するべきか、あるいは廃止するべきか?」といった制度自体の“是非”にもっぱら焦点があてられていたが、「より望ましい選択制は何か?」という 「制度設計」の視点も重要なのである。

 この制度設計の問題を数学的な視点から分析しているのが、2007年にノーベル経済学賞を受賞したメカニズムデザイン理論と呼ばれる分野である。メカニズムデザイン理論は、
(1)与えられた条件の下で
(2)望ましい結果を達成することができるような
(3)制度を設計する
ための一般理論で、想像上のものまで含むありとあらゆる制度を統一的な視点で分析する方法を提供した。これにより、生徒達の厚生を高める理想的な学校選択制の設計を考えることも可能になったのである。とは言え、メカニズムデザイン理論が学校選択問題において有用であることが明らかにされたのは実はつい最近で、この点を最初に数理的に明らかにした論文が出版されたのは2003年のことである。

 この理論的な発見を受けて、アメリカのニューヨーク市とボストン市では早くも2003年および2005年に学校選択制の運営方式が変更された。両市で採用されたのは、ゲーム理論家であるゲールとシャプレーが生み出した受入保留方式(deferred acceptance algorithm)と呼ばれる、経済学者の間で古くから望ましいとされてきたマッチング・メカニズムだ。受入保留方式の下では、各生徒は行きたい学校の優先順位(ランキング)を記入したリストを一斉に提出する。そして、提出されたリストを下に、主催者である区や市の教育委員会があらかじめ決められたルールに基づき効率的に生徒と学校をマッチングさせて行くのである。このメカニズムは様々な長所を持つことが知られており、学校選択制だけでなく、医学部生と病院をマッチングさせる臨床研修医のマッチング制度や海外の大学入試制度などで現実に応用されている。研修医マッチングは、医療制度改革の目玉として2年間の臨床研修医制度が必修化された2003年を機に、日本でも導入され大きな話題を呼んだ。

 メカニズムデザイン理論の知見を生かした現実社会の制度設計は近年急速に広がりを見せており、今後も更なる発展が期待される。学校選択問題においても、既存の運営方式を前提とした選択制の是非論を超えて、望ましい学校選択制をデザインする「制度設計」の視点がますます重要になっていくだろう。
 
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