著者はアブドゥルカディログル助教授と米コロンビア大学のチェ教授とともに,望ましいと思われていた新メカニズムにも欠陥があることを発見した.「学校に対する相対的な好みを偽ることが得にならない」という新メカニズムの利点は,裏を返せば「どんなに“絶対的な”好みが違う学生も“相対的な”好みに応じたランキングを提出せざるを得ない」という制約を意味する.

 例えば,学校Aの方が学校Bよりも圧倒的に望ましい学生も,学校Aが学校Bよりもほんの少しだけ望ましい学生も,同じようにAをBの上にランクするしかない.この選好表明に対する制約は,学生と学校の効率的なマッチングを妨げる危険性がある.我々は,新メカニズムで生じたこの問題を改善するため,学校の相対的なランキング提出のほかに,(ひとつだけ)選んだ学校に対して抽選における優先順位をあげることができる指定校オプションを加えた修正版メカニズムを考案した.我々のメカニズムは理論およびシミュレーションテストの両面から新メカニズムをしのぐ高いパフーマンスを示しており,現実の学校選択制への応用が期待される.   

 以上,駆け足でマーケットデザインの現状を展望してきた.マーケットデザイン研究はまだ日が浅くその本格的な実践は米国においても始まったばかりだが,急ピッチで研究成果が蓄積されている.そこで得られた知見は是非とも日本の市場制度改革にも活かすべきである.上述した学校選択制は既に日本でも始まっているし,医学部研修医の病院への配属には,米国をはじめ各国で成功を収めたマッチング・メカニズムが実際に用いられている.これらの市場以外にも,ゼミや研究室の割り当て,企業内での人事配属,空港の発着枠の販売など,マーケットデザインが応用できる分野は幅広い.  

 電波周波数帯に代表されるいわゆるライセンス使用に関しても,現行の政府主導による不透明な認可制からオークションに切り替えるという発想が必要になるだろう.実際に,欧州で00年および01年に行われた第三世代携帯電話の電波割り当ての際に,多くの国でオークションが採用された.そして英国やドイツといった成功国では,大きな収益を国庫にもたらしたが,オークションをどうデザインするかで収益は大きく異なる.

 もちろん日本において成功国と同様の結果が得られる確証はないが,財政再建が急務である現状をかんがみれば,十分に検討に値するといえるのではないだろうか. 


【初出】
日本経済新聞(2008/6/5付朝刊)「経済教室」 


【参考文献】

学校選択制の現状と背景となる理論の解説から、北米での制度設計・変更の詳細、理論の新展開やオリジナルの経済実験まで網羅した、学校選択問題の決定書。(自著で恐縮ではありますが)この分野に関心のある方はぜひご一読ください!
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