マーケットデザインが扱うのは,電波周波数帯のように価格が中心的な役割を果たす伝統的な市場だけにとどまらない.臓器移植学校選択制といった,金銭の授受が法律的・倫理的に禁止されている市場においてもその成果がいかされている.  

 価格メカニズムの働かないこういった市場では,価格ではなく参加者の選好や性質に関するデータを集計して機械的にマッチングを行う,中央集権的な「マッチング・メカニズム」を運用することで,需要と供給をマッチさせる.

 米ハーヴァード大学のロス教授,米ボストン大学のソンメズ教授,米ピッツバーヅ大学のユンベル助教授が04年に提案した腎臓交換メカニズムもそのようなマッチング・メカニズムの一つだ.米国では七万人を超える患者が腎臓移植を希望しているものの,実際に移植を受けることができる患者は年間一万強に過ぎず,毎年数千人もの患者が移植の願いが叶わず,命を落としている.腎臓移植が難しい最大の要因は血液型に代表される適合条件にある. 

 ロス教授達のメカニズムは,適合条件がそろわなかった不幸な患者―ドナーのペアを集めて新たにペアを組みなおすもので,できるだけ多くの患者の適合条件が揃う,つまり多くの患者の命を救うという最も望ましいマッチングの達成が可能になった.この腎臓交換メカニズムは現在,米国東部で実際に導入され始めており腎臓移植の可能性を劇的に広げ,人命を救うのに大きく貢献している.

 臓器移植と並んで近年大きな注目を集めているのが学校選択制である.学生が自分の学区域に縛られることなく幅広い選択肢の中から公立学校を選ぶことができるこの制度は,米国のみならず日本においても2000年の品川区(小学校)を皮切りに広がりを見せている.  

 03年,米コロンビア大学のアブドゥルカディログル助教授(現デューク大学准教授)はソンメズ教授との共同研究で,メカニズムデザイン理論がこの学校選択においても有用であることを初めて指摘した.そして,当時実際に用いられていた代表的な学校選択制(これを「ボストンメカニズム」と呼ぶ)に代わる代替案を提示した.  

 実際ボストン市とニューヨーク市では,学校選択制を彼らのアイデアに基づく新たなメカニズムに変更した.ボストンメカニズムでは,希望校が定員オーバーで抽選に外れた場合,既に定員が埋まっている学校に応募することができない.この場合,本当は行きたいのに抽選に外れるリスクを嫌って,あえて人気校に応募しない学生が出てくる.  

 一方,新メカニズムは抽選に外れても自分がまだ応募していない希望校にいつでも挑戦することができるものだ.そうなると,各学生は自分の希望する学校のランキングを正直に申告することが最善となるため戦略的に嘘をつく必要がない.この戦略的な虚偽表明はボストンメカニズムの抱える大きな問題と考えられていたため,制度変更の決め手となったのである.  


【参考文献】

伝統的な経済学が扱ってきた市場理論の要所を抑えつつ、オークションやマッチングの理論と実践について学ぶことができる。話題が豊富で経済学ファンに特にオススメの教養書。
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