• 制度設計に立ちはだかる二つのギャップ
 それは、親と子供の利害の不一致、そして両者の間に横たわる情報の非対称性だ。具体的にいうと、利害の不一致は「子供はできるだけたくさんお小遣いが欲しい。一方で、親は適度な金額を渡したい」という目的のギャップに対応している。

 情報の非対称性は、「親は子供が何をどれだけ欲しいか本当のところを知らない」、あるいは「渡したおカネが実際に何に使われたのかわからない」という情報のギャップに対応する(経済学の世界では、前者の状況をアドバースセレクション、後者をモラルハザードと呼ぶのだが、それはまた後で説明しよう)。  

 さて、このようなギャップは、お小遣いルールの設計のような家庭内の決め事だけでなく、世の中のさまざまな制度設計において現れる、一般的な課題であることが想像できるのではないだろうか。そこで今度は、親=銀行、子供=企業(借り手)、お小遣い=融資、と置き換えて、銀行融資について考えてみよう。  

 安定した短期的な融資の返済を要求する銀行と、自社の存続や長期的な利益の最大化を目指す企業との間では、しばしば目的が食い違う。つまりそこには、一つ目のギャップである利害の不一致が存在しうる。これを前提とすると、二つ目のギャップ、情報の非対称はどのような問題を引き起こすのだろうか。 

  • 銀行融資で情報の非対称性を考えると・・・
 まず、銀行は投資プロジェクトの収益性や採算性について、当事者である借り手ほどには詳しく知らず、収益性に応じた金利の設定はできない。すると、高い利率になればなるほど、(平均的には)収益性が低く、債務不履行のリスクが高い企業が融資を求めてくるようになる。ここで貸し倒れリスクに対処しようと下手に金利を上げると、借り手の質はさらに悪化、融資の採算を取りにくくなってしまうかもしれない。  

 ちなみに、融資を決定する前から情報の非対称性が存在する状況を、アドバースセレクション(逆淘汰)と呼ぶ。この名称は、良い借り手が市場から退出し、悪い借り手が生き残る、という ――いわゆる自然淘汰とは逆の―― 現象が、事前の情報の非対称性によって引き起こされることに由来する。

 また、銀行には自分たちの貸し出した資金が実際にどのように使われたのかも正確にはわからない。このように、融資を決定した後に情報の非対称性が発生する状況モラルハザードと呼ばれる。このモラルハザードに対処するためには、借り手の行動を律する契約やルールなどの仕組み作りが欠かせない。リーマンショックの際に、運用成果に連動した報酬を受け取る投資会社やファンドマネジャーたちの、過度にリスキーな投資行動が問題となったのは記憶に新しいが、これも典型的なモラルハザード問題の一例だった。  

 ここまでの話をまとめると、制度を設計する際には、個々の参加者が設計者の知らない私的な情報を持っていて(=情報の非対称性)、その情報を生かしつつ参加者自身にとって得になるように振る舞ってくる(= 利害の不一致)、という点に注意することが重要だとわかる。  これらの特性をくみ取らずに、要求制お小遣いのような浅はかな制度設計を行うと、参加者たちに制度の裏をかかれて失敗してしまう。要は、「インセンティブと情報の問題をきちんと考慮しない制度設計は絵に描いた餅にすぎない」のだ。


【参考文献】
新しい金融論―信用と情報の経済学
J・E・スティグリッツ
東京大学出版会
2003-10-31

「情報の経済学」への貢献でノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ(と共著者)による、新たな金融論のテキスト。

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