インセンティブの作法

経済学者 | 安田洋祐 の別ブログ

過去の原稿やブログ記事を加筆・再掲していきます

体罰依存の陰に潜む「平均への回帰」という統計的錯覚

週刊ダイヤモンド』(2013年8月31日号「数字は語る」)

数字:1万4208人
解説:2012年度に体罰を受けたことが確認された子どもの数(小中高校の児童生徒)

 8月9日に文部科学省は、全国の国公私立の小中高校などで2012年度に体罰をしたことが確認された教員は延べ6721人、被害を受けた児童生徒は1万4208人に上ると発表した。体罰が行われていた学校は4152校で全体の10.8%に当たる。昨年12月に大阪市立桜宮高校の男子生徒が自殺した問題を受けて体罰に関する緊急調査が行われた結果、一連の数字が明らかにされた。

 年間1万4000人にも及ぶ被害者数に加え、約10校に1校で体罰が見られるという現状は衝撃的だ。なぜ体罰はなかなかなくならないのだろうか。

 体罰が行われた場面として最も多かったのが「授業中」の31.8%、「部活動」が30.5%と続き、この二つで全体の6割以上を占める。子どもたちの学業成績や部活動の成果が振るわないため、ハッパをかける意味も込めてつい手を上げてしまう、というケースも少なくないだろう。実際にパフォーマンスに改善が見られると、体罰が有効であるという思い込みが強まり、ますます体罰体質から抜けられなくなる。実はここに、統計的な錯覚が潜んでいることをご存知だろうか。

 たとえいつも同じように頑張っていたとしても、偶然によって結果は左右されてしまう。このとき、今回のデキが平均よりもたまたま悪かったとすると、次回はこれよりも改善する可能性が高い。つまり、体罰の有無とは一切関係なく、悪い結果の後にはそれよりもよい結果が出やすいのである。サイコロを振って1や2の小さい数字が出たときに、もう一度振るとそれよりも大きな数字が出やすい、というのと全く同じ理屈だ。

 これは「平均への回帰」と呼ばれる統計的な現象で、教員が体罰のわなにはまってしまう原因の一つと考えられる。「平均への回帰」は、子どもたちの勉強やスポーツに限らず、何かのプロジェクトに繰り返し取り組んでいる状況で一般に生じる。「ほめると次に失敗し、叱ると次に成功する」と信じている指導者や経営者は、単なる統計的な錯覚に踊らされているだけかもしれない。


【関連文献】

ファスト&スロー (下)
ダニエル カーネマン
早川書房
2012-12-28

ノーベル経済学賞を受賞した心理学者カーネマン教授による骨太の一般向け啓蒙書。第17章「悪い出来事」で平均への回帰が詳しく紹介されています。文庫&Kindle版はとってもお手頃価格なので、未読の方はぜひこの機会にチェックを!

【関連リンク】

 体罰の有効性の錯覚は「平均への回帰」が理由(大竹文雄の経済脳を鍛える)

大阪大学の同僚、大竹さんが書かれた「平均への回帰」に関するより詳細な記事です。ぜひご覧ください♪

成長戦略に掲げた「女性の活躍」は少子化対策の鍵にも

週刊ダイヤモンド』(2013年7月6日号「数字は語る」)

数字:1.41
解説:2012年の合計特殊出生率
(1人の女性が一生に産む子どもの平均数)

 6月5日に厚生労働省が発表した2012年の合計特殊出生率(以下「出生率」)は、昨年を0.02ポイント上回る1.41で、16年ぶりに1.4台を回復した。過去最低を記録した2005年の1.26からは、0.15ポイントの上昇となる。人口構成比の高い団塊ジュニア世代を中心とした、30代の出産が増えているのが主たる要因だ。

 この1.41という出生率は、諸外国と比べて著しく低い水準というわけではない。たとえば、ドイツとスペインは1.36、韓国は1.24、香港とシンガポールは1.20(いずれも2011年のデータ)で、日本の数字を下回る。深刻な少子化は、今や多くの先進国が抱える共通の問題なのである。

 人口を一定に保つためには、最低でも2.07程度の出生率が必要とされる。この水準から0.7ポイント近くも低い現状の数字では、近い将来の急速な人口減少は避けられない。少子化に伴う総人口の減少は、国内市場やGDPの縮小をもたらす。また、労働力人口の減少は、年金や医療などの社会保障制度の維持をますます困難にする。出生率が改善傾向にあるとは言え、楽観できる状況からはほど遠いのである。

 では、どうすれば少子化問題を克服することができるのだろうか。かつては(今でも?)、「女性の社会進出こそが少子化の原因」であるかのような言説がまかり通っていた。しかし現状では、日本を含む多くの先進国において、(有業率などで見た)女性の社会進出と出生率に正の相関が見られるようになっている。つまり、女性の社会進出が進んでいる地域や時期の方が、出生率も高い傾向にあるのだ。

 もちろん、こうした単純な相関関係だけからでは、女性の社会進出が出生率の増加をもたらす、という因果関係まで導くことはできない。しかし、出生率の増加を政策的に達成したフランスやスウェーデンなどの経験を踏まえると、女性がキャリアを犠牲にせずに、子どもを産みやすい労働環境を整備することが、少子化対策にもつながる公算が高い。安倍晋三首相が成長戦略の中核に掲げた「女性の活躍」が、実は少子化対策の鍵も握っている


【関連文献】

女性が活躍する会社 (日経文庫)
大久保 幸夫
日本経済新聞出版社
2014-10-16



「円」もビットコインも同じ

『朝日新聞』(2014年3月12日夕刊「リレーおぴにおん」)


 いま仮想通貨「ビットコイン」が話題になっています。政府は「通貨ではない」という見解を出しましたが、経済学的にはビットコインと現実の通貨の間に本質的な違いはありません


 信用力が違うといいますが、信用力を決めるのは人々の期待です。円は1年後も使えると思うから通用する。人々の期待に乗っている点では、円もビットコインも変わらない。円は期待がきちんと形成されていてユーザーが多いが、ビットコインはユーザーがまだ少ないという違いだけです。


 買い物に使える場所がごく限られているから通貨じゃないというのも短絡的です。外国人が買いたいものがほとんどない小さな国の通貨を考えてみましょう。買い物には使えないけれど、持っていれば、将来、ドルや円と交換できる。ビットコインも同じです。
 

 発行主体が国家でなく民間なのも、歴史的にはおかしな話ではありません。英国の中央銀行であるイングランド銀行は、もともと数百もあった民間の発券銀行(銀行券を発行できる銀行)の一つでした。政情不安の国家より、グローバル企業のほうが信頼性は高い。もしグーグル社が「グーグルコイン」でも出したら、持ちたがる人は多いでしょう。
 

 国境に縛られず、自由に取引できるのは大きなメリットですが、危険と裏表でもあります。中央銀行が発行する通貨なら、信用が落ちても、短期間に国民がみんな逃げ出すことはない。でもビットコインのユーザーには国境という枠がない。マウント・ゴックス社が破綻(はたん)しても今のところ信用は保たれていますが、同じような事件が続いて信用が臨界点以下に落ちると、ユーザーが一気に逃げ出す恐れがあります

 現状では、仮想通貨がドルや円に取って代わるとは思いません。ただ、いまは各国が通貨発行量を増やし、自国通貨の価値の引き下げ競争をやっている。政治的な思惑でいつ価値が下落するかわからない。ビットコインは国が関与していないから、政治的なリスクは少ない。セキュリティーが強化されれば、現金通貨を補完するものとして、仮想通貨への需要はますます増えていくでしょう

 ビットコインのような新しい通貨に抵抗感があるのは当然です。でも、一昔前は、金(きん)とひも付けられていない紙切れが通貨になるなんて信じられないことでした。ビットコインに接することで、お金とは何かなぜ使えるのかを、あらためて考えるきっかけになればと思います。
(聞き手・尾沢智史)