インセンティブの作法

経済学者 | 安田洋祐 の別ブログ

過去の原稿やブログ記事を加筆・再掲していきます

4:鍵を握る情報の非対称性 

 「情報の非対称性」の考え方は、2001年にアカロフ・スペンス・スティグリッツの三氏がノーベル経済学賞を受賞したことで一般にも広まったため、ご存じの方も多いだろう。経済主体の間で情報が偏在している場合には、アドバースセレクション(逆淘汰)モラルハザードなど、伝統的な経済学で扱うことのできなかった様々な市場の失敗が発生することが知られている。資産市場においても、一般に投資家の受け取る情報は均一ではないため、情報の非対称性が市場に重大な影響を及ぼす可能性があると言える。

 一見すると、投資家が異なる情報に基づき売買を行えば、将来に対する予想の違いから投機的な投資を生み、それがバブルをもたらすことを簡単に説明できるように思われる。しかし、以下で述べるように、単に情報の非対称性が存在するだけでは、バブルはもちろん投機的な投資がなぜ起こるのかでさえ、実は説明することが難しいのだ。

 投機的な投資を阻む第一の要因は、効率市場仮説と呼ばれる市場に対する見方である。この仮説は、市場は平均的には正しい予想を形成しており、仮にファンダメンタルズからの乖離(かいり)を示唆する情報を特定の投資家が得たとしても、取引を通じてすぐに市場価格に織り込まれてしまうため、投機的な投資が持続することはない、と主張する。市場価格がファンダメンタルズから離れるのは一時的ないしは限定的な状況というわけだ。

 効率市場仮説よりも更に厳密なミクロ的な立場から、合理的な投資家の間では投機的な取引自体がいっさい起こり得ないと主張するドラスティックな定理(「不可能性定理」(=No Trade Theorem)と呼ばれる)も知られている。この定理は、私的情報を入手した投資家が売買によって儲けようとしても、その行動を通じて情報が取引相手に間接的に伝わってしまい、結局は儲けの生じない水準にまで価格が調整されるため取引自体が生じない、と主張する。現実には、文字通り不可能性定理が当てはまるような状況は限定されているが、「うまい儲け話はない」と投資家が慎重に構えることにより取引が行われない、といった状況は、この定理の世界に近いと言えるかもしれない。

 このように、情報の非対称性を導入しただけでは、残念ながら簡単にはバブルを説明することができない。投機の可能性やバブルの存在を導くためには、次回以降で紹介する更なるストーリーが必要となってくるのである。


5:他人の行動から情報を読む

 さて、過去4回の連載では、バブル分析を謳(うた)いながらも、実際のところはいかにバブル分析が困難であるかを解説するに留まっていた。後半の4回では、前回注目した情報の非対称性を足がかりに、バブル分析のための理論をいよいよ見て行くことにしよう。今回と次回では、合理的な投資家が他人の行動から情報をアップデートすることによって、あたかも非合理に見える群衆行動をもたらしてしまう、合理的群衆行動(Rational Herding)について取り上げたい。まずは、資産市場のことは少し忘れて以下の簡単な例を考えてみよう。

 いま、ある通りに2軒のレストランA、Bが軒を連ねて並んでいるとする。この通りに順番に客が訪れ、どちらかのレストランを選んで入っていくとしよう。客はそれぞれどちらの店の方が美味しいかについて独自に情報を得ており、自分の得た情報と他の客の得た情報を総合して店を決定する。具体的には、Aの方が美味しいという情報の数がBの方が美味しいという情報の数を上回っていればAを、逆であればBを選び、同数の場合には自分の得た情報に従うことにする。この時、k番目に通りへとやってきた客(「客k」と呼ぼう)はどのようにレストランを選ぶことになるだろうか。

 まず、k=1の場合は簡単だ。自分が最初の客で、観察できる他人の情報は何もないため、自分の受け取った情報がAであればA、BであればBを選ぶのが最適となる。つまり、受け取った情報がそのままレストラン選択の行動として表れるのである。それではk=2についてはどうだろう。この場合は、客1の得た情報と自分の情報を合わせて考えなければならないが、先ほどの仮定により、もしも二人の得た情報が一致して入ればその店を選び、食い違っている場合には自分の情報に従うことになる。結果として、客1の行動とは関係なく自分の情報に従うのが客2にとっては最適となることが分かる。

 さて、次にk=3を考えてみよう。もしも客1と2が異なる店を選んでいたとすると、それは二人の得た情報が異なることを意味するため、客3は自分の情報のみに従うのが最適となる。逆に客1と2が同じ店を選んでいたとすると、二人の情報は同じになるため、客3は自分の情報がAとBのどちらであっても、前の二人の選んだレストランを選ぶ。つまり、自分の情報を無視して(これを「情報カスケード」(=Information Cascade)と呼ぶ)、前の客たちの真似をするようになるのだ。これは、k=4以降も延々と続くことになる。


6:群衆行動で市場が間違える

 前回はレストランの例を元に、合理的群衆行動がいかにして発生するかを見た。最初の二人がたまたまAの方が美味しいという情報を得た場合には、三人目以降は自分の情報を一切参考にせずに(=「情報カスケード」)Aを選ぶのが最適となる。仮に十人の客がいたとして、最初の二人を除いて残り八人が全てBの方が美味しいという情報を得ていたとしても、情報カスケードが起こることにより全ての客がAを選んでしまうのだ。これは一体なにを意味するのだろうか。

 十人中八人がBという情報を得ているのであれば、実際にはAではなくBの店の方が美味しい可能性が高い。つまり、客の持つ全ての情報を総合した、全体としての最適な予想はBとなる。しかし、それにも関わらず客はBではなくAを選び続けるという、一見すると「非合理な」群衆行動が発生してしまうのである。これは、参加者全体の予想と彼らの行動が食い違っていることを意味する。その結果、美味しくない方のレストランに行列ができてしまうというわけだ。

 このストーリーを資産市場に当てはめると次のように言えるだろう。Aを「買い」、Bを「売り」と解釈すると、市場全体では売り情報を得ている投資家が多いにも関わらず、いったん買いの流れが生じると、残りの投資家が買いに殺到するという群衆行動が生じる。この結果、市場価格がファンダメンタルズから離れてバブルが発生する。個々の投資家は、他の投資家がどのような情報を得ているのかを直接観察することができないため、お互いの売買行動や市場価格から間接的に情報を推測するしかないというのがポイントだ。このように情報のやりとりに現実的な制約が課された状況では、投資家が合理的であるにも関わらず、いや個々の投資家が合理的であるからこそ、全体として「市場は間違える」のである。これは、市場が常に正しい予想を形成すると唱える、効率市場仮説とは極めて対照的である。

 以上、合理的群衆行動の理論を用いて、いかにして市場が投資家の持つ情報を織り込むことに失敗し、バブルが発生するのかを説明してきた。群衆行動を個々の合理的な投資家の学習行動からミクロ的に説明するこのアプローチは、バブルの理論分析を代表する新しい研究の一つであり、バブル現象の重要な側面を捉える成果をあげた。次回は、合理的な投資家と非合理な投資家が混在する状況を扱った、最新の理論研究について見ていくことにしよう。
 

【関連文献】

Rational Herds: Economic Models of Social Learning
Christophe P. Chamley
Cambridge University Press
2003-11-24


合理的群衆行動に関する(おそらく)唯一の専門テキスト。ペンギンの表紙が可愛いです! 本文はそこまでテクニカルではありませんが、読みこなすのはなかなか大変かも。

「ゲーム理論」で読むバブル経済

『日本経済新聞』(2009年7月「やさしい経済学」連載)


1:バブルの経済学的分析  

 サブプライムショックに端を発する世界的な金融危機により、市場メカニズムに対する信頼が揺らぎ始めている。この信頼低下の大きな要因のひとつとして、資産市場の異常なまでの不安定さをあげることができるだろう。株式や債券などの金融資産に始まり、土地、貴金属、為替レート、はては資源価格まで、昨今ではありとあらゆる資産市場が乱高下を繰り返しているかのようだ。

 過去においても資産市場が高騰、あるいは暴落した例は数多く知られている。この20年ほどを振り返ってみても、日本経済が80年代から90年代初頭にかけて経験した土地・資産バブル、90年代後半にアジア各国を襲った通貨危機、2000年前後に世界的な広まりを見せたITバブル、サブプライムショック以前のアメリカ経済を席巻した「根拠なき熱狂」など、枚挙に暇がない。

 もちろん、資産価格の急激な変動そのものが問題かどうかについては慎重な議論が必要だ。実体経済の動きや需給を反映して、適切に価格調整が行われているのであれば、資産価格の乱高下はやむを得ないという見方もできる。一方で、一部メディアや識者が指摘するように、経済活動からかけ離れたあくなきマネー・ゲームが市場の調整機能を損なっているとすれば喫緊に問題解決を計る必要があるだろう。真に問題視されるべきなのは前者ではなく後者に代表される「バブル」、つまり実体(しばしば「ファンダメンタルズ」と呼ばれる)を反映していない価格の乱高下なのである。

 過去に幾度となく生じたバブルとその崩壊が現実経済に及ぼした影響の大きさを振り返れば明らかなように、現実のどの市場でバブルが発生している/いたのかどうか、発生しているとすればなぜ発生したのか、バブルを生み出さないためにどのような政策が有効なのか、といったバブルをめぐる分析は、現代経済の安定性や市場の機能を理解する上で必要不可欠な研究と言えるだろう。

 それでは、今までバブルの分析はどの程度の成果をあげてきたのだろうか。実は、バブル現象が古くから知られていたのとは対照的に、バブルに関する経済学的な理解や洞察は近年までほとんど得られていなかった。この閉塞的な状況を打ち破り、バブル研究に新しい息吹をもたらしたのが、本連載で紹介するゲーム理論に基づくアプローチなのである。  


2:なぜバブル分析は難しいのか?  

 バブル問題に限らず、経済学の研究は主に実証研究理論研究に大きく分かれる。前者が観測されたデータを元に仮説の検証や未知の数値の推定、将来の帰納的な予測等を行う一方で、後者はいくつかの仮定に立脚した数理モデルを用いて演繹的に結論を導きだし、現実の説明や望ましい行動規範の解明を試みる。

 バブル分析の文脈で言うと、過去の市場データを元にバブルの有無やその大きさなどを検証するのが実証研究、なぜバブルが発生するのかを理論的に解明するのが理論研究となる。前回触れたように、バブルの存在は、実証的にも理論的にも明らかにするのが難しい問題であることが知られている。以下では、それぞれの研究アプローチにおいてなにがバブルの説明を難しくしているのかを簡単に紹介したい。

 実証研究における最大の困難は、ファンダメンタルズを直接観測することができない、というデータ上の制約である。ある資産価格がバブルであるかどうかは、市場価格がその資産のファンダメンタルズから乖離(かいり)しているかどうかで判定される。しかし、実際に観測できるのは市場価格だけで、ファンダメンタルズについては推定しなければならない。これは、ファンダメンタルズの推定値いかんによっては、いかなる水準の資産価格もバブルでない/あると結論付けることが可能なことを意味する。

 市場価格とファンダメンタルズの乖離を直接調べるのではなく、現実の価格変動の大きさから間接的にバブルの存在を検証するような研究も行われている。市場価格のブレが大きすぎる場合には、動きが比較的安定しているファンダメンタルズに基づいた価格調整とは言えないため、バブルと判定できるというわけである。しかし、ファンダメンタルズのブレが本当に安定しているかどうかも検証が不可能な場合が多い。表面的な問題のやさしさとは異なり、データからバブルの存在を議論するのは極めて難しいのである。

 理論研究も、実証研究と同様にバブルの扱いには手をこまねいてきた。ファンダメンタルズは、たとえ転売することができずに長期保有したとしても平均的には損得が生じない価格水準と解釈することができる。もしバブルが発生しているとすると、市場価格がこの長期的なアンカーから外れて割高になっていることを意味するが、どうしてこのような割高な価格が維持されるのかを説明するのは意外に難しい。投資家が合理的であれば、割高な資産を買おうとはしないからだ。  


3:合理的バブルと行動経済学 

 バブルの存在を理論的に導くためには、割高な資産価格が市場でなぜ維持されるのかをきちんと解き明かさなければならない。このためには、投資家が割高な資産を買おうとする特殊な状況に注目する(=「合理的バブルの理論」)、割高かどうかの見方が投資家の間で異なる(=「情報の非対称性」)、そもそも非合理な投資家が多数存在する(=「行動経済学」)などの、やや込み入った説明が必要となってくる。

 バブルの理論としてもっとも歴史が古い合理的バブルの理論は、時間を通じて裁定条件を満たす(さや取りで儲けることができない)ように資産価格が移りゆくならば、必ずしも価格水準がファンダメンタルズに一致するとは限らないことを明らかにした。これは、非合理な投資家や投資家の持つ情報の違い、といった複雑な要素を取り入れることなく、バブルの存在を議論できる便利な理論である一方、長期的に維持不可能なバブルがなぜ存在し続けるのかを、きちんと投資家のミクロ的な視点から説明できていないという致命的な弱点を抱えている。バブル現象をより深く理解するためには、他の理論による補完的な説明が欠かせないのだ。

 それでは、心理学脳科学で得られた知見を活かして、非合理な経済主体を明示的に分析する行動経済学のアプローチはどうだろうか。なるほど、与えられた情報をもとに将来の期待利回りを計算して、最適にポートフォリオを組む合理的な投資家とは異なり、非合理な投資家を仮定すれば、割高な資産を買い続けるバブル現象をうまく説明できるかもしれない。しかし、この行動経済学アプローチも、次のような深刻な問題を抱えている。

 非合理な投資家が存在する場合に、合理的な投資家は何を考えるだろうか。割高な資産を買ってくれる非合理な投資家がいるとすれば、彼らに割高な資産を売ることによって、合理的な投資家は儲けることができる。結果として、価格はファンダメンタルズに戻るように調整されるだろう。行動経済学アプローチでは、合理的な投資家によるこうした売買になんらかの制約がない限り、バブルが安定して存在することを説明できないのである。

 結局、行動経済学を用いて現実的な投資家像を想定しても、合理的な投資家の行動に対する十分な理解なくしては、バブルをきちんと説明することはできないことが分かった。次回は、この合理的な投資家の行動を理解する上で重要な役割を担う、情報の非対称性について詳しく取り上げる。


【関連文献】

Asset Pricing under Asymmetric Information: Bubbles, Crashes, Technical Analysis, and Herding: Bubbles, Crashes, Technical Analysis and Herding
Markus K. Brunnermeier
OUP Oxford
2001-01-25

「やさしい経済学」のオリジナル原稿を書く際にかなり参考にしたテキスト。似たようなテーマの専門書がほとんど出ていないので、未だに重宝する一冊です。2001年の出版からもう15年近く経つので、ぜひ改訂版を出して欲しいなぁ。(と、チャンスがあったら著者に伝えたい…)

1票の格差が示す「選挙が間違える」リスクの差

週刊ダイヤモンド』(2013年12月14日号「数字は語る」)

数字:4.77倍
解説:7月の参院選における1票の最大格差  
(議員1人当たりの有権者数が最小の鳥取県と最大の北海道との差)

 11月28日、広島高裁岡山支部が今年7月に行われた参院選を「違憲で無効」とする判決を出した。参院選に対する「無効」判決は今回が初めてとなる。同選挙においては、議員1人あたりの有権者数が最小の鳥取県と最大の北海道で4.77倍もの差が生じていた(無効判決が出た岡山県は3.27倍)。

 11月20日には同じく「1票の格差」を理由として、昨年の衆院選を「違憲状態」とする最高裁判決が下された。

 では、そもそもなぜ1票の格差は問題なのだろうか。選挙区ごとに1票の実質的な価値が異なるのは、「1人1票」という投票の大原則に反している、という議論はよく耳にする。確かに、1票の持つ重みの偏りは法の下の平等に反するため、減らしていく必要があるだろう。しかし、格差を解消することの意義は平等性だけにとどまらない。実は、ほかにも隠されたメリットが存在することをご存じだろうか。

 個人が選択を間違えることがあるように、集団における多数決も常に正しい答えを導くとは限らない。各有権者が一定の確率で判断(投票)を誤るのであれば、それを集計した投票結果も間違っている場合があるからだ。本来はベストであったはずの候補者が落選してしまう、というリスクが選挙には潜んでいる。

 この「選挙が間違える」リスクは、(各人が空気に流されずに自分の意思で投票する限り)有権者の数が増えるにつれて小さくなることが知られている。議員1人あたりの有権者数が少ない選挙区のほうが、多い選挙区よりも間違える危険性が高いのだ。また、同じ得票率であれば、有権者数が多い選挙区の議員のほうが「正しい」判断によって選ばれた可能性が高くなる。これは、同じ「当選」であっても、その正当性が選挙区によって異なり得ることを意味する。

 以上のように、1票の格差を無くすことは、有権者間の平等の実現に加えて、当選の正当性を選挙区間で均等化させることにもつながる。正しい民意をバランスよく選挙結果に反映させるために、格差の解消は欠かせない。


【関連図書】

一定の条件のもとで、選挙が間違えるリスクが有権者の数が増えるにつれて小さくなりゼロに収束する、という命題は(コンドルセの)「陪審定理」と呼ばれています。陪審定理を含め、集団の選択にまつわる様々な問題を、「社会選択理論」という切り口から紹介した名著として、慶應大学の坂井さんによる次の二冊があります。前者はやや専門向けですが、前提知識はほぼゼロで読むことができます。後者は新書とは思えないほど内容が充実しており、学問的知見を踏まえた著者の熱いメッセージが伝わる力作です。どちても激しくオススメ(個人的には『社会選択理論への招待』の方が好み)!




社会選択理論は「厚生経済学」という、人々の経済的な豊かさ・福祉について扱う分野で(その一部を)カバーされることも多いです。厚生経済学に関する優れた中級レベルの教科書として、以下の翻訳書がおすすめです。類書で触れられていない多くのトピックについて厳密かつ分かりやすく書かれています。(原書はべらぼうに高いので、とってもお買い得ですよ!)

厚生経済学と社会選択論
アラン・M. フェルドマン
シーエーピー出版
2009-04